
まつげ施術歴20年以上(2004年〜)
【資格】
アイブロウ
- ジャパンブロウティストスクール ブロウティスト★★★★スター(全5段階のうち上位)取得
- ジャパンアイブロウライセンス協会 公認アイブロウ講師
- ジャパンアイブロウライセンス教会 認定サロン
まつげ
- リタアカデミー北九州校 認定講師
- 松風エデュケーター/松風インストラクター
- アイビューティシャンインストラクター
- ABEアイラッシュエクステンションインストラクター
美容全般
- 美容師国家資格
- 日本エステティック業協会認定 上級エステティシャン
- 日本理容美容教育センター ABE認定講師
- 美容ライト脱毛 施術資格
- 発毛技能士
- 日本眠活眠育協会 アドバイザー
講師歴
- 2018年〜 美容専門学校 まつげエクステ講師
- 2024年〜 美容専門学校アイブロウ講師
サロン実績
- 2025年〜 JEBLA認定校(北九州市で唯一)

こんにちは。
北九州市小倉北区の眉とまつげの専門サロン「EYECON(アイコン)」代表の田中潤希です。
こちらのページでは、私が当サロンを開くまでのストーリーと、私が大切にしている想いをお伝えしています。
最後までお読みいただければ幸いです。
■もともとは内向的な性格でした
今でこそ、
「田中さんの人柄が好きでリピートしています」
「毎回、田中さんと話すのが楽しいです」
とお客様に言っていただける私ですが、もともとはずっと内向的な性格でした。
人と向き合うよりも、絵を描くことが好き。そんな私は高校卒業後、美大(京都精華大学)に進み、人物画に没頭する日々を送りました。
しかし、絵で収入を得て生活していくのは簡単なことではありません。
その現実に将来が見えなくなり、結論を出せないまま、地元・北九州で母が経営するエステサロンに勤めることになりました。
■接客が苦手だった私を救ってくれた「まつげ施術」
母は今も現役で、30年以上美容業界に携わっています。けれど、その姿をずっと見てきても、私は美容に興味を持つことがありませんでした。
それは、自分の顔にコンプレックスがあったことと無関係ではなかったと思います。
メイクには「彩るメイク」と「コンプレックスを消すメイク」がありますが、私のメイクはいつも後者ばかり。そんな私には、「美を追求する」ことなど考えられませんでした。
しかも、エステサロンには当然ながら接客があります。ときには、グレードの高いコースをおすすめするセールスもします。
それまで人と向き合ったことがほとんどなく、目が合っただけであがってしまう私には、荷が重すぎました(苦笑)。
それでも、当時の私には母のエステサロン以外の道を探すことができず、気が進まないまま働き始めました。
接客やセールスはやはり苦手で、お客様とうまくコミュニケーションが取れない自分を思い知るばかりでした。
言ったほうがよかったことを言えなかったり、思っていることをうまく言葉にして伝えられなかったり…。
「もっとこうしたほうがよかったのでは」と思いながらも、なかなか改善できずにストレスをためていた、ある日。
サロンに、まつげパーマ、そしてまつげエクステが導入されることが決まりました。
当時は2004年。まだ美容師免許が必要とされていなかった頃です。
この出来事が私を救い、そして人生を変えてくれることになります。
■美大での経験が、意外なところで生きることに
さっそく先輩に習いながら、自分でも先輩の施術を受けてみたのですが、コンプレックスのある顔をいい感じに変えてくれるものではありませんでした。
先輩は数名いましたが、誰に付けてもらっても満足できず…。
そのため、私自身は付けまつげをして、割り切った気持ちでお客様に施術を行っていました。
そこで、私はあることに気づきます。
施術中、お客様は目を閉じている。しかも、施術中は話さなくていい。
目が合うだけであがってしまう私にとって、これは大きな救いでした。
そして、もう一つ気づいたことがあります。
先輩に言われて初めて知ったのですが、私にはエクステをきれいに付けるセンスがあったようなのです。
確かに、デザインは得意でした。美大で人物画を描き続けて磨いた審美眼が、こんなところで生きるとは思ってもみませんでした。
いつしか私は、エステよりもまつげの施術を担当することが多くなっていました。得意なことができるうえに、お客様と話す時間も減って、私としては願ったりかなったりでした。
それとともに、お客様が鏡を見て仕上がりに満足してくださったとき、喜びや達成感を感じている自分がいました。
「この仕事が、少しずつ楽しくなってきたかも」
ところが、そんなときにある出来事が起こります。
■私を一変させた、京都の先生との出会い
当時のまつげエクステは、まだ「痛くて当たり前」という風潮がある時代でした。
しかし、施術を受けたお客様がアレルギー反応を起こす事例などが出るようになり、安全性の確保が業界全体の緊急課題となりました。
その流れで、2008年に厚生労働省が「美容師免許の取得を必須とする」通達を出し、教育制度や資格の整備を目的に、まつげエクステ関連の協会が立ち上がるなど、環境が整えられていきます。
アレルギー反応の事例を知って、私は施術が怖くなってしまいました。
目元というデリケートな部分に施術している意識はありましたが、実際にトラブルが起きた事例を知り、危険と隣り合わせの仕事をしていることが怖くなって、夜も眠れなくなったのです。
それでも、この仕事を好きになりかけていた私に、辞めるという選択肢はありませんでした。
「ちゃんと技術を習いたい」
そう思ってさまざまな講習会に参加しましたが満足できず、しっかり教えてくれるスクールを必死に探し始めました。
当時はまだ、スクールがほとんどなかった頃です。
私がたどり着いたのは、美大時代を過ごした京都にあるスクールでした。
北九州から京都に通うのは大変でしたが、それだけの価値は十分すぎるほどありました。
一番大きかったのは、スクールの先生にエクステを付けてもらったことです。
「全然違う!」
あのときの衝撃は、今でも忘れられません。
誰に付けてもらっても満足できず、付けまつげで過ごしてきたあの日々は何だったのだろう。それほど、先生の仕上がりは次元が違っていました。
自分の目が見違えるほどきれいになるなんて、それまで考えたこともありませんでした。
それが今、目の前で実現している。本当にうれしくてたまりませんでした。
この瞬間、私は生まれ変わりました。
自分はまつげエクステが似合わない人間だと思っていたけれど、それは単に技術の問題だっただけ。
そのことがわかった私は、
「もっと先生の技術を吸収したい!
そして、以前の私のように『エクステをしてもいい感じにならない』と諦めている方の救いになりたい!」
と強く思うようになりました。
ここからです。まつげの施術が本当に楽しくなったのは。
そしていつしか、目が合うだけであがっていた私が、先生の目を見て明るく話せるようになっていました。
きれいになると、性格まで変わる。
このことを、私は身をもって体験したのです。
■お客様に心から笑顔になっていただくことが、私の生きがいです
こうして、内向的だった私は、まつげ施術のおかげで積極的で社交的な性格に生まれ変わり、人柄や接客でリピートしていただけるまでになりました。
そして2014年、私は母のエステサロンから独立し、眉とまつげの専門サロン「EYECON」を立ち上げました。同じ日に、リタアカデミー北九州校も開校しています。
■まつげから眉へ、そして教える立場へ
2018年からは、美容専門学校でまつげエクステの講師を務めています。
2021年には、アイブロウの勉強を始めました。2024年にブロウティスト★★★★を取得し、現在は美容専門学校で、ジャパンアイブロウライセンス協会公認のアイブロウ講師も務めています。
2025年には、EYECONが北九州市で唯一のJEBLA認定校となりました。
■本当の美しさは、足すものではなく引き出すもの
眉やまつげには、人をここまで変える力があります。私自身がそうだったように。
その体験を、今度はお客様にしていただきたい。
鏡を見て感動し、心からの笑顔になっていただきたい。
別人になるのではなく、その人がもともと持っている魅力を引き出す。
そんな想いで、これからもサロンで施術を続けながら、講師として次の世代の技術者を育ててまいります。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。